BUON ANNO !! 新年あけましておめでとうございます。
2011年3月11日(金)に発生した東北地方太平洋沖大地震
及び津波により、被災された方々やご親族の皆様に心よりお見舞いを申し
上げます。
被災地の一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。
イタリアでも日本での地震のニュースは大きく取り上げられ、
多くのイタリア人から家族の安否を気遣う言葉、
日本人へのお見舞いの言葉を掛けてもらい、イタリア人の温かさを
今あらためて感じています。
イタリアは、ヨーロッパ旅行地の中でも日本人に人気の高い国です。
日本人にとって、文化や芸術は他ならず、イタリア人の困っている人を
放っておけない、世話好きで人慣つっこい気質も魅力の一つなのだと
思います。
日本とイタリアは地理的には遠いですが、イタリア人にとっても
日本は案外馴染みの深い国なのです。日本独特の文化は、
イタリア人にとって未知のものでありながら、興味深く、
尊敬すべき国の一つだとよく言われます。
このような状況でも落ち着いて行動できる日本人の秩序の正しさは
すばらしいという声を何度も聞きました。
イタリア各地で日本を応援する声があがっている中、イタリア政府が、
今年を「日本との親交・連帯の年」と決め、国内すべての学校で
日本について学ぶ1日を設けると発表したそうです。
また、レッタ首相府次官は、イタリア駐在大使を招いて、
「2009年4月に起きたラクイラ(イタリア中部)の地震で
日本政府が真っ先に支援を表明し、復興のため音楽堂を造ってくれた
ことは忘れられず、日本人の苦悩に共感している」
と語ったとありました。
在イタリア日本大使館にもメッセージや義援金、救援物資の申し出
などがあったり、3月20日のローマ・マラソンでは、
「日本に捧げるマラソン」として日本国旗が揚げられました。
また、バチカンのグレゴリアン大学がチャリティコンサートを
4月3日に開く予定です。
フィレンツェでは地震が起きた際に、ちょうど日本公演のため
来日していたMaggio Musicale Fiorentino(フィレンツェ歌劇場)が、
フィレンツェの劇場に戻り、震災復興支援チャリティ演目として、
以前から交流のあった東京バレエ団の2名を招いて、
3月24日から27日まで公演を催しました。
地震の影響で公演日程は半ばで緊急帰国を余儀なくされた
フィレンツェ歌劇場の指揮者ズービン・メータ氏は
「日本の友人たちのために何も演奏できずに去るのは悲しい」と涙し、
「音楽の力で人々を励ます場面が絶対に訪れると信じている」
と語っています。
フィレンツェ ドゥオモからサン・マルコ広場へ続く通りに面した
メディチ・リッカルディ宮にも日本国旗が揚げられています。
イタリアからも多くの人々が日本を応援しています。
1月6日はエピファニアの祝日。
クリスマスに生まれた幼子イエスへの
東方の三博士の来訪と礼拝を記念した祝日です。
(エピファニアについて、詳しくは過去の記事へ)
フィレンツェでは、この三博士の来訪を模したパレードが催されました。
午後2時過ぎに、ピッティ宮殿前を出発した行列が、
ヴェッキオ橋やシニョリーア広場などを通り、
ドゥオモ前までやって来ます。
今年で14回目だそうですが、実際に見るのは初めて。
約1キロのルートの、どこで見ようか......と考えましたが、
やっぱりプレゼピオ・ヴィヴェンテ(実写版プレゼピオ)のある
ドゥオモが舞台でしょう!ということでドゥオモ広場にて待機することに......。
お昼過ぎにドゥオモ前に行くと、広場に小屋が出現していました。
中には本物の牛とロバ!
小屋の周りに、羊やウサギを囲った柵もあります。
幼子イエスの生誕を再現するプレゼピオに欠かせない舞台装置です。
午後2時過ぎ、ピッティ宮殿前からパレードが出発する時刻近くなると、
ドゥオモ前の人だかりもだんだん増えてきました。
小屋の横はすでに何重にも人が取り巻いていたので、
広場の反対側(かろうじて、小屋の正面)の一番前に陣取ることに!
子供たちの合唱するクリスマスソングを聞きながら、パレードを待つこと
約1時間。 3時近くになって、やっとパレードの先頭が到着しました。
ルネサンス時代の衣裳を纏った華やかな行列が続きます。
贈物を携えた三博士が厳かにイエスの小屋に近づいてゆきます。
その後も果てしなく(?)行列は続き、すべてが到着すると広場は
いっぱいになってしまいました!
あとで調べてみたら700人余りの大行列だったそうです。
イベントのフィナーレは、ハレルヤをBGMに
「愛」と「平和」の願いを込めたたくさんの風船が飛ばされました。
新年にふさわしく清々しい、フィレンツェらしく豪華絢爛な祭典でした。
2011年、愛にあふれた平和な一年でありますように!
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